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前橋教会の歴史その17

前橋教会の歴史〜県下の教会の今昔


(17)昭和46年ごろ

 フローリー神父様は教会内の組織も広やかに大きく育てられた。幾つかに分れていた婦人会を大きく一つにまとめられ女性信者の一致と団結をと、1971年(昭和四十六年)5月7日、マリア会として発足させられたのだった。マリア様をお手本として、そのご保護を願い、各人が祈りとできる奉仕を捧げる会である。年二回総会も開かれ、よりよい会となるよう皆で努力している。奉仕は教会行事の手伝い(諸行事を担当、その主体となって活躍している)聖堂掃除(月二回を受け持ち働いている)洗濯(ミサ用聖布や侍者服等を洗濯)活花(祭壇の花を責任もって飾っている)病人訪問、自由の手伝いその他、色々あり会員の三分の二が教会の為に奉仕活動している。現会員は百二十余名。前橋教会になくてはならない会となり発展している。
1972二年(昭和四十七年)3月にフローリー神父様が翌4月にはマイケル神父様が休暇を得て帰国された為、桐生修道院よりジェローム神父様が来橋され、ご指導下さっていた。ユーモアあふれる、やさしい笑顔が思い出される。
母国でゆっくり休養され、お好きなゴルフも楽しまれたであろうフ口ーリー神父様が三ケ月後、元気でお帰り下さった。9月からは待望の男性カテキスタ、小野先生を沼田教会よりお迎えし、マイケル神父様も戻られて増々、充実した前橋教会となったのである。
フローリー神父様は子供の宗教教育を大切にされる。その為、土曜学校(信者のみ)の子供は七十余名おり合併クラスにしても教室が不足するよぅになってきた。種々の行事や集会も多いので、ぜひ大ホールがほしいとの声が高まり、ホール建設に向って前進することになったのである。
その資金の為、又、信者の一致の為にもと初めてのバザーが1972年11月12日に行われた。マリア会も半年に亘り準備、協カした。神父様を頭に、全信者が一丸となっての努力は真に美しく、涙ぐましいものだった。十四、五の売店も盛況。主の恩恵を頂き大成功で、一同の喜びは一入だった。
焼鳥屋さんで大活躍されたマイケル神父様は間もなく太田教会に移られた。やさしく親切で常に若い人達に囲まれ誰からも愛される神父様なので、太田でも皆に慕われていることであろう。?

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