前橋教会の歴史〜県下の教会の今昔
(13)昭和39年ごろ
1964年(昭和39年)10月、渋川教会よりコンラド神父様が主任司祭として着任されたが休暇の年であった為帰国された。その間、ルシアン神父様の時代より助任司祭として活躍されていたフレビアン神父様が引き続き御指導下さっていた。神父様の深い愛情とやさしさは皆さん一人ひとりの胸に刻まれていることであろう。
1965年(昭和40年)3月19日には前橋教会にとって最初であり、又、最も喜びとする阿部神父様の叙階式が長江司教様司式のもとに厳かに挙行された。当時の管区長、ジェローム神父様はじめ多くの司祭方やご両親、信者方の祝福のもとに自治会館で盛大な祝賀パーティが催されている。同年6月27日には長江司教様が再度来橋され、堅信式が行れ、六十八受堅者があった。式後の楽しい祝賀バーティーがなつかしく思い出される。
フレビァン神父様は楽しい数々の思ぃ出を残され同年の秋、桐生の修道院長となられ前橋を去られた。現在、管区長様として活躍されている。ついで同年の秋、阿部神父様が助任司祭として着任された。コンラド神父様も休暇を終え戻られ各会の指導や病人訪問、その他、種々、活躍されたが、特にフランシスコ第三会とレジオ・マリエにカを注がれた。レジオ・マリエは前述の通りラルフ・ライりー神父様により1953年(昭和28年)7月に発足したものであり、第三会は1941年(昭和16年)頃、ボン・マリエン神父様により発足されたのであった。両会ともコンラド神父様御指導のもとに次第に発展し今日に至る迄、力強く活躍している。?
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昭和36年ごろ |
前橋教会の歴史 |
昭和42年ごろ |

