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トップ - メニュー  >  桐生修道院の建設(昭和20〜30年代)
前橋教会の歴史その10

前橋教会の歴史〜県下の教会の今昔


(10)桐生修道院の建設(昭和20〜30年代)

聖フランシスコ会二ューヨーク管区に委ねられた群馬地区は1953年(昭和28年)6月フロリー師、ライリー師、ソラーヌ師、テオドル師の各神父様方が日本語の勉強をやめて来県され活動を始められた。次いで同年8月コルマック師ルシアン師、コンラド師(現アメりカ)アンブローズ師(現アメりカ)アント二オ師(現アメリカ)の各神父様方が来日され、コルマック師を除く他の神父様方は六本木の修道院で日本語を学ばれ、後に県下の各教会で働かれた。

次いでジェローム師、ラファェル師、カンピオン師が1955年(昭和30年)に来日続いてカリスト師セバスチャン師。次いでジュニバー師、キャリー師。ダナン師また、フレビアン師(現管区長様)バルトロメオ師、スタ二スラウス師、べーダー師、ウィリアム師、マイケル師、ヨゼフ師(現前橋)等、多数の神父様が来日され、そのご指導の下に恵まれた群馬地区となっているのである。当初の1952年(昭和27年)頃の群馬県下には教会として独立した建物は前橋と桐生の二カ所だけでその信者は各240〜250人位、全県下でも、600人程であった。同年12月すでにジョイス師により契約されていた桐生に1954年(昭和29年)春、広大な土地が買収され立派な修道院が建てられた(当時の管区長様はコルマック師)。翌1955年(昭和30年)10月8日、盛大な献堂式が行われているその主な目的は修道士方の黙想の為と伺っているが修道院長にはフローリー師、アロイジオ師、カリスト師、フレビアン師、そして現ラファェル師が当られている。又、管区長は初代がジョイス師、次いでコルマック師、フイン師、ジェローム師で現在はフレビアン師である。この神父様方によって大間々、高崎、伊勢崎、渋川、太田、藤岡、新町、沼田、館林、富岡、中之条と多くの立派な聖堂が建設され現在、県下に13の教会が誕生し布教されているのである。

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