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トップ - メニュー  >  創立当時の前橋教会の様子
前橋教会の歴史その3

前橋教会の歴史〜県下の教会の今昔


(3)創立当時の前橋教会の様子

前橋に市制の定められたのは明治25年4月。人口約31000名。市全域に電気がついたのは利根発電(東電の元祖)が設立された明治42年でしたから、ジロジャス神父様が来橋されて一年くらいは電気もなく、ランプの生活でした。当時、まだ外人は二人くらいで、市民は彼らを「異人さん」と呼び、珍しがっていました。髭を伸ばし、常にスータンを来ておられた神父様の後ろ姿は女性のようでした。

ジロジャス神父様が日本布教に従事されたのは26歳。青く澄んだ瞳に優しい微笑が印象的だったそうです。異境の地でただ一人、衣食住も言葉も違う不自由さの中を耐えて県下を巡回、布教されました。次第に子供が集まり、その親とのつながりもでき、信者ができていったとのことです。当時の教会には独立した聖堂はなく、司祭館の一部十畳の間に祭壇が作られ、香部屋と告解場は司祭の寝室の一部が使われていました。ジロジャス神父様は、明治45年の半ば、小田原に転任されましたが、そのころまでに前橋で24、5名が受洗していました。


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