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トップ - メニュー  >  前橋教会の創設〜明治38年
前橋教会の歴史その2

前橋教会の歴史〜県下の教会の今昔


(2)前橋教会の創設〜明治38年

明治37、38年(1904、05年)の日露戦争当時、高崎に捕虜収容所ができ、多くのロシヤ人や殊にポーランド系カトリック信者が収容されていました。カディヤック神父様は慰問をかねミサを立てに訪問され、愛の手をのばされました。こうした事情と関連して教会設置の要望が高まり、近くの前橋に現教会が所在する土地と屋敷が買収されたようです。登記面では購入されたのが明治38年。ここに前橋天主公教会(当時の名称)が誕生したのです。 当初の教会の敷地は広大なものでした。坪数は1480坪余りで、周囲は杉やカラタチの生垣があり外側の小川にはメダカ、小エビ等が泳いでいました。当時教会は6棟12戸余りの貸屋を持ち、その中間に東方に向って開いた木製の大門があり、その右側に天主公教会の札がかけられていました。 当時は外国人の土地所有が許されず、この土地は日本人名義になっていました。しかし、ある事情から借金の抵当に入れられてしまい、これを取戻す為にカディヤック神父様は大変苦労されました。その際、だいぶ敷地を失われたようです。 この時はまだ巡回教会で、司祭は常住していませんでした。明治41年(1908年)よりジロジャス神父様が初めて定住し、前橋を中心に群馬県下の布教を担当されたのです。この時、柴田という伝道士が1年位おられとのことです。


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